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動画の仕事を考えておられた先生に、水を差してしまった話です。

動画編集が「素人でもできる」に変わった日

動画の編集は、まだ人が手を動かす仕事だと思われています。ところが、言い間違いやつなぎ言葉や間を切る作業は、もう勝手に終わってしまいます。しかも、有名な編集ソフトにまだ入っていないことが、素人の手元でできるようになりました。だからといって、動画の仕事がなくなるわけではありません。残るのは、まだ始めていない人と一緒に始める仕事だ、という話をします。

人が手作業で動画を編集していた去年と、素材を入れるだけで仕上がる今年を対比したイラスト

「動画の編集は、まだ人がやる仕事ですよね」

そう思ってらっしゃる方、多いと思います。去年までは僕もそっち側でした。でも今は違うんです。言い間違いを切って、つなぎ言葉を切って、間を詰める。この作業はもう人の手を離れて、勝手に終わるようになりました。じゃあ動画の仕事は全部なくなるのかというと、そうでもなくて、残る仕事は別のところにあります。

ただ、この話は言うほうも気が重いんです。先日の会議で、動画の仕事を考えておられた先生に、そのままお伝えしました。返ってきたのは「困りますね」の一言。そりゃそうですよね。これから始めようとしていることに、目の前で水を差されたわけですから。それでも言わないわけにはいかない理由と、そのあとに残る仕事の話をします。

会議で「動画なんか勝手にできる」と言ってしまった理由

動画の仕事を考えていた先生に、先に謝ってから言いました

会議の席でのことです。翌日に僕がお話しする内容について、先生に先にお断りしました。「明日、たぶん先生の意にそぐわないことを、いくつか言うと思います」それから、こう続けました。「必要ないというか、動画なんか勝手にできますよ、という話をしてしまいますね」先生は「困りますね」とおっしゃいました。当たり前ですよね。動画の編集を仕事にしようと考えておられるところに、その作業は消えますと言われたんですから。

会議の席で、申し訳なさそうに手を上げて話す人と、向かいで困った顔をしている先生
先に謝ってから言いました。それでも「困りますね」でした

それでも先生は、そこで話を切らずに聞いてくださいました。「元のデータを放り込んだら、編集はもうやってくれるんですか」僕の答えは「結構できますよ」です。何がどこまでできるのか、そこを順にお話ししました。

言い間違いと「えー」と間を、誰が消しているのか

例に出したのはセミナー動画です。僕は同じことを2回言いますし、言い間違いもよくします。それを切ります。「あー」とか「えー」とか、話のつなぎに出てしまう言葉があります。フィラーというんですが、これも切ります。話が止まって間が空いたところも詰めます。すると、最短で、正しいことだけが残った動画になります。ここまでが全部、自動なんです。

これまでなら、誰かが動画を最初から最後まで見ながら、切るところを一つずつ探していました。セミナー1本なら、その長さのぶんだけ見て、また戻って、また切って。その時間がまるごと無くなります。ためしに一度やってみると、もう戻れない感じがしますよ。

残った判断も、候補にチェックを入れるだけです

自動で切れないものも、もちろんあります。話としては正しいけれど、この動画には要らない、という部分です。ここは人の判断が残ります。ただ、その判断も、動画を見直して探す必要はもう無いんです。どこを編集するかの候補がリストになって出てきます。ブラウザでそれを見て、チェックを入れながら削っていくだけです。結果、自動編集完了です。

これがどれぐらいの話かというと、Adobe Premiere Pro にもまだ入っていないことなんです。それが、動画編集の素人の手元でできてしまいます。だから僕は先生に「勝手にできる」と言ってしまったんです。プロの道具が進むのを待たなくても、先に終わってしまったので。

何が変わって、素人でもできるようになったのか

去年の東京では「撮影もいらなくなる」が笑い話でした

去年、東京で仲間が集まったとき、動画の撮影そのものが要らなくなるかどうかを、みんなで是非を言い合っていました。僕はいつも笑い話として「撮影もいらなくなりますよ」と言っていたんですが、その場では「難しいんじゃない」という話もあって、まだ本気で信じている人は少なかったと思います。僕自身、去年の時点で確信があったかというと怪しいです。ところが1年経った今、こうなったらもう要らない、と言えるところまで来てしまいました。1年前とは全然違うんです。この1年で何が動いたのかを、順にお話しします。

有名な編集ソフトも、同じ方向に来ています

Adobe Premiere Pro も、いまは書き起こしが出てきます。無音の部分を切るのも自動でやってくれます。ある程度までは、同じ方向に来ているんです。ただ、さっきお話しした、候補をリストにして出して、チェックで削っていく、というところまでは入っていません。

ここで、プロ用のソフトが進む方向と、素人が求めている方向は、そもそも別だという話をしておきます。プロ用の道具は、やれることを増やす方向に進みます。細かく色を直す、音を整える、効果を足す。一方で素人が求めているのは、やることを減らす方向です。放り込んだら終わっている。方向が違うので、有名なソフトが追いつくのを待っていても、素人が欲しい形にはなかなかならないんです。

ソフトより先に追いついてきたもの

もう一つ、この1年で動いたのがパソコンのほうです。ソフトの進化より、マシンの進歩のほうが速いんです。昔なら大きなコンピューターが要ると言われていたことが、普通のノートパソコンで動いてしまいます。手元の1台で回るから、素人でも同じことができるようになったんです。ソフトを覚えたから素人でもできるようになった、のではありません。覚えなくていい形で、手元で回るようになったんです。

マニュアルを渡しても、結局やってもらえなかった話

変わったのは、道具だけではありません。人にやってもらう、という前提のほうも変わりました。

以前、動画はこうやって作りますというマニュアルを、渡したことがあるんです。結果は、やってもらえませんでした。責めるつもりはないんです。本業がある人に、新しい作業を覚えて続けてもらうには、手順書とは別のテクノロジーが要ります。そんなことを考えるぐらいなら、MacBook を1台、AI専用機として置いておいて、外から携帯で「頑張れ」と言ってやってもらうほうが早いんです。人に覚えてもらう工程そのものが、消えました。ここが、去年と今年のいちばん大きな違いだと思っています。

じゃあ、動画で残る仕事は何か

受付さん向けのマニュアル作りが、いちばん先に要らなくなる理由

動画の仕事として、いちばん先に消えるのがここです。受付さんでもできるように、動画の作り方のマニュアルを作る仕事。これは、受付さんに手順を覚えてもらうための紙ですよね。ところが、受付さんでもできる部分というのは、いまや限りなく自動化されています。覚えてもらう手順が無くなったので、それを書いた紙も要らなくなります。マニュアルを作る側の仕事も、それを読む側の作業も、同時に消えるんです。

「うちはこれからマニュアルを整える予定だった」という方には申し訳ないんですが、その工程はもう飛ばしてください。整える前に、自動で終わるようになってしまいましたから。

車を持ったあとにも残る、もう一つの差

開いた車のドアの横で手招きする人と、鍵を持ってためらいながら一歩踏み出す人
車があっても、誘われないと乗らないものです

じゃあ道具が揃えば全員が動画を出すようになるのかというと、そうはなりません。徒歩で移動していた頃なら、頑張る人と頑張らない人の差はすごく大きいです。それが自転車になって、車になると、速さは頑張りと関係なくなります。でも、やるかやらないか、行くか行かないかは、車になっても残るんです。車に相当するものを手に入れたのに、乗らないまま、という可能性が普通にあります。さっきのマニュアルを渡してもやってもらえなかった話が、まさにこれです。道具の差が消えたあとに残るのは、始めるか始めないかの差なんです。

「一緒にドライブに行きませんか」と言う役割

同じ車に乗るにしても、「一緒にドライブに行きましょうか」と誰かに言われたら、それがきっかけで出かけますよね。一人だと乗らなかった車に、その一言で乗る。そういう役割は、道具がどれだけ進んでも残ると思っています。

動画をまだやっていない人、未導入の人にサポートすること。導入するかどうか迷っている人に、説明してあげること。まだ始めていない先生と一緒に頑張るコミュニティを作ること。編集の作業が消えても、こっちは市場として残っています。むしろ作業が消えたぶん、始めるかどうかで差がつくようになったので、可能性はすごくあるんです。

会議で先生に水を差した僕が言うのもなんですが、動画の仕事が無くなったわけではありません。切ったり詰めたりする側から、一緒に始める側へ、仕事の置き場所が動いただけです。その先で先生がどんな形を作られるのか、僕も楽しみにしています。

AI活用の実例

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